#0_ZAUBERER


「不思議そうな顔をしているな、聖板ちゃん。いや、信じたくない、といったところか。
 しかし、そこまで不思議がることか? 私は、魔術師だよ。
 お前を作ったのも、アサシンに体を与えたのも、己を改造したのも。
 ただの悪ふざけであるものか」


 根源へと至るべくありとあらゆる魔術を試し、最も得意とする人形造りも極め、そして200年も生きる頃には己の魔術師としての限界に気づいた。
 魔術だけでは届かぬと、魔術師としての道も外れ、科学技術や芸術等、人間の持つ様々な文化も学んだ。
 現代になり、既存の文化を土壌に芽生えた新しい文化サブカルチャーに対しても、態々魔術へのこだわりを薄れさせてまでのめり込んだ。

 だが、それらは全て無駄であった。

 人類の持つ抑止の力は、1人の魔術師の分不相応な挑戦を当然のごとく退けた。
 如何な手段を取ろうと、己は抑止を妨げること能わず、今に至るまで己の手が根源へと届くことはなかった。
 否。そもそも抑止力が何時、何処で、如何に働いているかさえも不明なのだ。己が如何に大魔術師と持て囃されていようと、対処できるわけもない。

 考え方を変えた。
 根源とは即ち、世界の始まりである。
 ならば、それに触れる最も単純で確実な手段を取ろう。
 魔術を極めるなどと、続くかも不明な道を辿るような不確かな手段ではない。
 他の文化に触れるなどと、届くかも分からぬ道の入り口を新たに探るような迂遠な手段でもない。

 世界が全て根源の渦から広がったのならば、その全てを砕き混ぜて、収束させてしまえば良いのだ。
 その様を見届けたその時こそ、己は世界の始まりに触れる事ができたと言えるだろう。

 数多の障害は、一つの奇跡によって打ち払われた。
 あらゆる願いを叶える願望機にして、英霊のみならず神霊さえも従者として喚び出す器――聖板によって。

 創世の材料は在る。今ココに広がる世界を捧げれば、新たな世界には十分に過ぎる。
 創世の手段は在る。これまで得た三枚の小聖板を受け皿に、キャスターと共に作った儀式場とシャルロットの感応能力を用いれば、最高峰の神格を持つ創世者を喚び出すことは可能である。
 創世の力は在る。己の最高傑作、その核に蓄積された――これまで撃破したサーヴァントの魂を、創世者を喚び出す魔力とする。

 ならばあとは、喚び出したモノを入れる器が必要だ。
 そして、それは今から作られる。


「――――故に。我が作品であるホムンクルス・ゴーレムHP-000及びホムンクルスHP-003に命ずる。
 最大命令グランド・オーダーを変更――キャスターの内部にてその身を融かせ。お前たちの存在意義を全うせよ」

 泣きそうな少女を見ながら、私は命令を下した。


#2_HOMUNCULUS


「やっと私の出番ですか、お父様。まったくもう、遅いですよ」


 私が生まれたのは、この戦争が始まってしまってからでした。
 召喚特化型、それも神霊の側に近い属性の存在を喚ぶことに秀でるようにと生み出された私は聖板の力で強大なサーヴァントを得るための存在であると、そうお父様は言いました。
 でもそうすると、私にとって既に始まった戦いなんてものはまるで関係のないことです。日々お庭で遊んだり、庭木のお世話をしたりの毎日でした。

 聖板ちゃん様は小学校に行きますし、お父様とキャスターさんは工房にこもってなにやら騒いでいましたが、私はそのどちらでもありません。
 聖板ちゃん様が帰ってきてから遊ぶことはありますが、彼女は彼女で学校以外の時には戦うことが多く、家を空けていることもままありました。

 私の仕事は、なんでしょうか。
 既にサーヴァントも喚ばれ、小聖板が余っているわけでもありません。
 聖板ちゃん様、お父様、そして私の体内に核として存在する小聖板は、今召喚器として使うことができません。
 これではまるきり、遊んでいるだけの穀潰しです。
 私という道具にとっては、使われないことが一番辛いのに。

 でも、お父様は私を呼びました。
 「キャスターの内部で融けよ」と、命令をくれました。
 だったら私は従います。
 だってこの身この心この生命、全てお父様がくれたもの。
 それをお父様が消費することの何が嫌なのでしょうか。

 でも、聖板ちゃん様は嫌がりました。
 彼女は、私のことも止めましたが、私には止まる理由がありませんでした。
 彼女は、友達と別れたくないと言いました/私には、友達といえる存在がありません。
 彼女は、私と別れたくないと言いました/彼女と私は融け合うのだから、別れるわけではありません。
 彼女は、死にたくないと言いました/私たちの魂は保管されるのだから、死ぬわけでもありません。


「だから、嫌がることなんてありませんよ。
 とりあえず、私は先に入ってますから。待ってますね」

 涙を流して手を伸ばす、彼女の姿が見えました。


#1_GOLEMGIRL


「――――なに、それ……? 冗談、ですよね、マスターお父さん
 ……嫌、嫌です、せっかく学校にも行って、友達もできて、なんで、そんな」


 前回、前々回の戦いのように、それなりに戦いながらも死なない程度に頑張るんだと思ってた。
 私はサーヴァントのマスター及びその戦力としては桁違いに強く、高位のサーヴァントとの正面対決さえ避ければ殆ど敵はいなかった。
 それに今回、マスターお父さんは私に積極的な戦いを求めなかった。前から行きたかった小学校に行くのも許してくれたし、変身用の機能も作ってくれた。

 だから、私は勘違いしていたんだと思う。
 マスターお父さんは面白くて、ちょっと抜けてるけど頭も良くて、そして優しいんだって。
 だって私の知っているマスターお父さんはいつもふざけていたし、楽しそうに遊んでいたから。

 だけど、違った。
 ううん、もしかしたらマスターお父さんは優しかったのかもしれない。
 でも、あの人はそれ以上に魔術師だった。町の人のことを考えているように見えても、必要だと思えばあっさり切り捨てちゃうような。

 だって、町で新しく出来た友達と分かれて家に帰ってきた私を迎えたのは、マスターお父さんの命令だった。
 キャスターさんの体内、扉の奥で炎と雷が荒れ狂う概念炉。そこに入って融け合えと。
 生物としては当然に、被造物としては意外なことに、私はそんなの嫌だった。
 友達もできたのに。
 妹と別れるのも嫌なのに。
 死んじゃうのは怖い。別れがこれほどに恐ろしいなんて思わなかった。

 精一杯言葉を尽くして抵抗して、たった一人の妹にも懇願して。
 だけど、妹は、シャルロットは聞き入れなかった。
 あの子はいとも容易くその身を炎の中に投げ出した。
 次は私の番。私の身体はキャスターさんの前に歩を進める。
 心は嫌がっている。口でも否を訴え続けている――――でも、私の身体は止まらない。
 当然だ。私はホムンクルスを元にしていてもあくまでゴーレム。主人の命令に従わないわけがないのだから。

『――――お前たちの存在意義を全うせよ』

 お父さんの命令を思い出す。私の存在意義は何だったのだろう。
 最初は、お父さんを魔法に届かせるための少女だから、魔法少女なのだと、そう言われたけれど。
 でも、私は――――


「皆の、願い、を、守――――」

 恐れていたほど、熱くも、苦しくもなかったように思う。


#-_SERVANT


「……済んだか?
 では、お前の番だぞマスター。疾く融け合うが良い」


 言葉少なに、我がマスターに伝える。
 脳裏には少女たちが我が体内へと落ちる様が残る。
 我はこれでも神に近い巨人の一柱であるからして、人でさえない者達の生死について気を払うことはなかったつもりだが、存外に影響があったようだ。
 だが、これはマスター……ヘルマンのみならず我の望みでもあった。
 彼奴は魔術師らしく根源を求めた。
 我は鍛冶屋らしく武器を求めた、と言うわけだ。

 そうだ、我が求めていたのは至高の武具。
 雷霆より強く、隠れ兜より便利で、三叉銛よりも偉大な武具をこそ、我は求めていた。

 ヘルマンは世界を滅ぼすことを目的にしていた。
 逆説、それをなしうる兵器は世界を滅ぼす破壊力を発する。
 三枚の小聖板を核に、少女の形をした器を生み出す。
 我が体内で作られるその器は、高位の神霊さえも留め置けるほどの強度を持つだろう。
 そしてそれに神を降ろして世界を滅ぼさせたなら、それは世界を滅ぼす力と神の意志を併せ持つ、あたかも雷霆を振るう神王ゼウスの如き超兵器となる。
「神を兵器とする」発想だけは、さすがの我にもなかったぞ。ヘルマンめ、よくもやるものだ。


「まあ、それもこれからが肝心だがな。
 何しろマスターまで融けるのだ、我に失敗などありえんが、慎重にやらねばならぬ。
 だからとっとと炉に落ちろ、マスター」

「お前、本当に私をマスターだと認識しているのか?
 ……まあいい。魔術師など神話の巨人にしてみればその程度のものだろう。
 一応魔力維持用にホムンクルスは置いておくから好きに使え。……では、次の世界で出会えれば良いな」

 童女姿の大魔術師は、苦笑とともに我が内の焔の中に身を投じる。
 そして、我が体内で3枚の小聖板、そして3つの肉体が融け合い始めた。


 ――――どれほどの時間が経ったろうか。
 蒸気の吹き出す音だけが続いていた空間に、これまでとまるで異なる音が響く。

 魔力を供給するホムンクルスを下がらせ、工房の中心部に1人佇む鋼の巨人キャスター
 その体の内から、異音が鳴る。

『――――創造,依代核HP-003へ他2個体の融合、最終段階に移行――――』

 否。
 それは声だった。少女の高く澄んだ声が、工房に響いている。
 今この時、この世界に生まれんとする「器」が、その宣言をしているのだ。

『――――破壊,HP-002の融合を実行――――完了』

 融合が終わりに近づいているためか、キャスターの身体から放出される蒸気の勢いが弱まる。
 しかし、そこで声に異常が起きた。

『――――秩序,HP-001の融合を実行――001の抵抗を確認.
 想定状況D-666号への対応措置に基づき,当該固体の意思及び躯体を融合体から排除.
 神格機能停止状態で、小聖板のみの強制融合を行います――――』


「――――何?」

 キャスターが訝しむ。
 素体の抵抗。確かに想定状況の一つとしては考えていたが、彼としてはまず起こりえないだろうと思っていた事態だ。
 確かに聖板ちゃんとやらは嫌がっていたが、キャスターの見る限りにおいてヘルマンの仕事に不備はなかった。
 彼女の心が拒絶していたとしても、彼女が抵抗することが出来たとは思えない。

「……まあ、いずれ召喚そのものには問題もない、か。
 三位一体の属性を持つうちの一柱の意思が欠けるのは少々不味いが、かといって今欠けるのは我らの目的においては重要ではない神格。
 存在自体は喚べるのだから、大きな問題には――――」

『――――融合完了.魔法少女A:U.M,起動します』

 キャスターの言葉を遮るように、少女の声が響く。
 同時に、キャスターの身体に強烈な痛みが走り、金属がひしゃげるような轟音が響き渡る。

「――――ッ!
 が、ぁ……貴様……っ!」

 キャスターの胸部――重厚な金属製の外殻が内部から引き裂かれる。
 裂け目から白い腕が伸び、引き裂いたキャスターの胸部を支えにするようにして、キャスターの体内から一人の少女が現れた。
 材料になった少女らと同様の、白髪赤眼。頬には赤い刺青が走り、額には黄金に輝く第三の瞳が存在している。
 素手でキャスターの外殻を破壊した少女は、ぐるりと工房を見渡して口を開いた。



main

「――――初めまして。そしてさようなら、世界」

 己の生誕を宣言し、同時に自身の終焉を告げる言葉。
 少女から放たれる莫大な魔力が工房を満たし、サーヴァントの召喚補助機構を励起させる。
 工房の床と壁に光のラインが走り、そのまま館の全て、そして周囲の庭園に及ぶまでの領域をも幾何学的な模様で覆っていく。
 隠蔽しきれぬ魔力の流れは虹色の光となって天に伸びる。館の上空には暗雲と渦風が生まれ、程なくして豪雨が降り雷鳴が轟き始めた。

「魔法少女A:U.Mは、只今より三位聖板ホーリー・トリニティ・プレートを用いたサーヴァントの召喚を行います。
 召喚後、本制御人格は再創世の時点まで休眠状態へと移行しますので、問題があれば召喚までの通達をお願いします」

 白い少女――彼女曰く魔法少女A:U.Mは、まるで感情を感じさせない声を響かせ、再度工房を見渡す。
 そして彼女が見つけたのは、彼女が内部から破壊したために瀕死の状態となっているキャスターと――その炎の消えた体内に座り込む、1体の少女型ホムンクルス。
 キャスターは僅かに声を上げ、ホムンクルスの少女は震えながら、それでも強い意思を感じさせる目で彼女を睨みつけている。

「意見可能者は二名と判断しました。
 現在、なにか問題はありますか?」

「……強いて言うなら、我の……この、惨状が問題だが。
 だが我が作品よ、我……が、見る限り貴様に問題は無い。召喚も十分に……可能で……あるようだしな」

 最初に口を開いた――見る限り口は無いが――のはキャスター。
 破壊された己の肉体に言及するのもそこそこに、顔の中央に目として据えられたガラス板をキラリと光らせてA:U.Mの状態を伝えた。
 途切れがちな言葉は、肉体に刻まれたダメージの影響をうかがわせる。

「……召喚をやめるってことは、できないよね」

 ふらり、とキャスターの体内から立ち上がったホムンクルスの少女は、分かりきった答えを確認するように問う。
 一糸纏わぬまま僅かな怯えに震える身体とは裏腹に、その顔は何かの決意に彩られている。

「――――問題はないようで何よりです。
 また、排出躯体からの質問についてですが、私に召喚に関する停止権は与えられておりませんので、不可能です。
 なお、召喚妨害に関しては武力による対応を行いますので、予めご了承下さい」

二人の言葉を聞いたA:U.Mは、抵抗しそうな少女に釘を差しつつ光で描かれた文様に魔力を注ぎ、口を開く。

▅▅▅▅▂▂▇▇告げる▇▇▇▇▇▇▅▅▇▇▂▂▂▂▅▅汝我が願いを聞け 、 ▂▂▂▂▅▅▂▂▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇届いたならば応えよ
 ▂▂▇▇▅▅▅▅▂▂▂▂▂▂捧ぐ我が身を使い▇▇▇▇▅▅▅▅▂▂▂▂世の命運を配せ


 A:U.Mの口から響いたのは、人間の唱える呪文とは異なるもの。
 旋律のように流れる詠唱は、聖板を介して星に語りかける意思。

「――――憑依召喚インストール

 そして、最後の一言を告げると同時に、魔法少女A:U.Mはその生命を停止した。


『――――あの男は、ヒトの分際で我々わたしの力を求めた。まこと不遜なり――――』

 工房に、声が響く。A:U.Mの声ではない、別の声だ。

『――――されどあの男の求道、不断の苦悩と修練は我々わたしに懇願するに相応である――――』

 誰に向けるでもない独白のように、言葉が続く。

『――――願いは届いた。なれば我々わたしはあの男の懇願に応えよう――――』

 そして、三度の言葉が響いた直後。
 莫大な魔力が渦を巻き、A:U.Mに流れ込んだ。

 彼女の白い肌は青黒く変化し、赤い瞳が白く輝く。
 ばさりと音を立て、肩から金で装飾された赤い翼が、そして腰からは白い翼が広がる。
 澄んだ金属音とともに、赤翼の根本から黄金の機腕が生え、臀部からはずるりと蛇じみた尾が伸びる。
 魔力が収束し、角を模した頭輪と装束が形成され、小さな笏と折りたたまれた書がその手に顕れる。
 最後に、小柄なA:U.Mの身の丈を超える長さの三叉槍が出現し、機腕がそれを握った。

main

「ルーラーのサーヴァント、トリムルティ。苦悩と苦難を受け、その懇願に応えよう」

 A:U.Mの声で、蒼黒の少女――ルーラー、トリムルティが告げる。
 機腕に握られた槍を軽く振るい、キャスターと、そしてホムンクルスの少女を見下ろした。

「今より世の破壊を行う。然る後に、再度の創世を。
 ……まずは、お前たちからだ」

 黄金の閃光が奔った。
 その槍の一撃は、正しく神速。
 流れるように機腕から放たれた三叉槍の突きは、キャスターの強靭極まるはずの外殻を容易く貫き、霊核を一瞬で消し去る。
 ルーラーはそのまま少女も手折ろうとして目を向け――――少女の姿が無いことに気づいた。

「――逃げたか。だがいずれこの世の何処に逃げようと結果は変わらぬ。
 我々わたしのやることは決まっている――目覚めよ、金卵ヒラニヤガルバ。キャスターの残滓を喰らうが良い」

 光の粒子となって消滅していくキャスターが、一つの形に収束していく。
 金色の粒子が固まり、金色の球体へ。

「ふむ、流石に神に連なる者よ。
 サーヴァントへ貶められて尚、良いチャクラを持っている」

 浮遊する黄金の球体を眺め、ルーラーは感嘆の吐息を漏らす。
 そして、工房に目を巡らせる。

「あとは、土台か。金卵を地べたに置くわけにもいかぬし、秩序の我ヴィシュヌが止まっている今、我々わたしが側を離れるわけにもいかぬ」

 おもむろに、ルーラーが槍の石突で床を突く。
 すると、工房の中心がせり上がり、シンプルな意匠の台座が現れた。
 ルーラーは黄金球を台座に置き、満足気に頷く。

「その点、この屋敷は移動できるのが良い。金卵から離れずとも世界を巡れるというのはな。
 意匠はおいおい直すにせよ、機構も全体としては悪くない出来だ。
 あの男も、現代に生きるにしてはそこそこの仕事ぶりである。単眼巨神の力を借りたにしろな」

 独りごちたルーラーは、再度床を突く。
 直ぐに、轟音とともに工房が動き出す。窓の外の風景が下にずれていくことから、工房が上昇していることが分かるだろう。
 そして、今この屋敷を外から見ているものがいれば、庭園を突き破るようにして黄金の脚が現れ、工房ごと屋敷を持ち上げている様を目にしているはずだ。
 工房を擁する要塞――大魔術師ヘルマンの遺したゴーレム、機動要塞人形ゴーレム・フェストゥンクが動き出したのである。

「飛べ、金卵の座よ。
 我々わたしが破壊する世は、この目に焼き付けておかねばならぬ」

 屋敷の下部から伸びる大脚が開き、淡く光る翅状をした浮遊術式が起動する。
 重力の軛を離れたゴーレムは、やがてゆっくりと上昇を始めた。

「さて、あの男の望みは叶うだろうかな。
 我々わたしとしては、請われ応えたのであるから叶えてやりたいところであるが――」


 槍が己の側にいたキャスターを貫いたとき、それでも少女は己の命を諦めてはいなかった。
 たとえ逃げられる可能性が皆無に近いものであっても関係なく、生き延びるための手を尽くすつもりだった。
 だからだろう、己が助けられたと判るやいなや口を閉ざし、使える限りの魔術を使って己等を隠蔽するという対応ができたのは。

 あの場に飛び込んで彼女を拾い上げたのは、彼女もよく知る女性だった。
 長い髪に鋭い目つきをしている彼女は、本来は黒い髪を金髪に染め上げている。
 普段着ているセーラー服ではなく動きやすい迷彩服にその身を包み、いつも着けている眼鏡も無いが、それでも少女が彼女を見紛うことは無かった。

「朝子さん、ありがとうございます」

「別に良いわ。あなたを助けたのだって、単なる義理……でもないけど。
 とりあえず私が助けたいから助けたんだし」

 あんなん相手に今助けてもどうしようもないと思うけどね、と、元アサシンのサーヴァント――大和朝子は、少女を抱えて走りながら吐き捨てる。
 かつての主に命じられた馬鹿みたいな演技は、彼の死を感じるとともに辞めていた。
 徐々に上空に浮かんでいく館を後ろに見ながら只管走り、アーチャーの狙撃だろうと届かないだろうと思えるほどに距離を取る。
 そこからさらに数分移動し、朝子は抱えていた少女を降ろして嘆息した。

「ふう……ま、いずれ、あなたも逃げるべきだと思うわよ。勿論私は逃げるわ。
 逃げたところで死ぬのが少し伸びるだけかもしれないけど、ほかの参加者にはアレとやり合えるのだって居るかもしれないし」

 大和朝子は暗殺者であり、その能力は相手の虚を突き意識の間隙を抜けることに特化したもの。流石にあのルーラー相手に2度も通用するとは思えない。
 であれば一度逃げ出せた以上、あのルーラーの側にこれ以上近寄る気はない。必要とあれば地球の裏側にだって逃げ出すつもりだ。
 そもそも彼女は戦闘に関して不向きである。元サーヴァントとはいえ、今の肉体はヘルマンが作った現代のもの。技術はともかく肉体能力はちょっとした超人という程度だ。
 その程度の能力では、あの怪物には到底届かないだろう。

「ええ、そのほうが良いと思います、朝子さん。
 ですが私は……町に行って、学校の友達とか、そのあたりのマスターさんに協力を要請したいと思います。
 場合によっては教会や監督役の人たちにも。……あのルーラーは、それほどに危険です」

 朝子の助言に対し、少女は戦いを選ぶ。
 たとえヘルマンの持つ魔術知識を与えられているとはいえ、少女の肉体は只のホムンクルスであり、魔法少女としての力を失った今、その戦力はただの一流魔術師程度のものでしか無い。
 だが、だからと言って彼女は逃げ出すつもりは無かった。
 ヘルマンが喚び出した存在である以上、彼女の知識が役に立つことは絶対にある……というのも理由の1つだが、彼女にとって重要な理由は別にある。

「私はもう魔法少女ではありません。いえ、たとえ魔法少女の力があってもあのルーラーには勝てないでしょう。
 ……でも、お父さんはいつか言っていました。『皆の願いを守るために戦え』って。
 お芝居の台詞で、私本人に言っていた訳ではないのかもしれませんが、それでもその言葉は私に強く刻まれています。
 だから私は、私の存在意義を私自身で決めました。
 己の存在意義を全うする――皆の願いを守るために、世界を滅ぼすルーラーと戦います」

 笑顔でのたまう少女に、朝子は再び嘆息する。
 何処までも現実主義者な彼女には、少女の思いが分からない。
 だが、分からないなら分からないなりに、尊重すべきものであるとは知っていた。

「……あっそう、まあ、忠告はしたわよ。いっぺん死んだ私と違ってあなたは普通に生きてるんだから、命は大切にしたほうがいいと思うけど。
 それじゃあ……って、あなた服も無いのね。当然だけど」

 今更になって一糸纏わぬ少女の姿に気づいたのか、朝子は困ったように言う。
 いくら逃げるつもりとはいえ、妹分に近い少女を全裸で町においてくのはどうかというものだ。
 うーん、と考え、彼女は懐から一枚の布を取り出す。

「あとで売っぱらうつもりだったんだけど……私の服の試作品よ。下着とか装飾品にはならないけど、身体隠すくらいには使えるから。好きに使いなさい」

 朝子の持つ『万能衣装変化やまとひめのきぬも・レプリカ』は、上着も下着も眼鏡でも自由自在の衣装となる礼装だ。
 その試作品である布状礼装でも、上着程度なら自由に変形すると、彼女は言う。

「あと、名前どうするの。もう聖板ないのに聖板ちゃんって呼ぶのもどうかと思うのよね、かわいいけど。
 何なら私がまた付けてあげよっか?」

 なんだかんだと少女の名付け親でもあったためか、今後の名前が気になる様子を見せる朝子。
 少女は笑いながら首を振り、応えた。

「あはは、大丈夫です。私の名前は『江坂 聖』にします。
 皆の願いを守るために戦う女の子の名前ですから、覚えてくださいね」
 

main


 それじゃあ、お洋服ありがとうございました。
 そう言うと、少女――聖は礼装をパーカー・スカートへと変化させ、街に向かって走っていく。
 朝子はそれをしばし見送った後、聖とは違う方向に姿をくらませた。

Table of Contents