エジプト人でサソリの女神・セルケトを奉じる教団の当代教祖。信徒達からは大神官と呼ばれ、サソリを操る魔術師でもある。
彼の曽祖父から二百年近く続いてきたセルケト教団は、イスラム教スンナ派がほぼ国教となっているエジプトの現状を憂い、いにしえの神々の信仰を復活させようとしていた。
イスラム過激派グループの一派に教団を偽装し、エジプトに宗教革命を起こす為の資金と軍備の調達に勤しんできたのである。
順調に進んでいた彼らの運命が狂ったのは20年前の事。教団の熱心な隠れ信徒である大富豪を傀儡に仕立て、英国王室を政略結婚で乗っ取ろうと計画した事が発覚したのである。
この陰謀が諜報機関の知る所となると、多くの魔術師を抱える相手を警戒した英国政府は、魔術協会に依頼し武闘派の執行者を複数派遣。
かくして協会との間で魔術戦が展開され、セルケト教団は僅かな信徒を残してほぼ壊滅。当時の教祖であったヘムネチェルの母は死亡し、父もその後を追って自殺する。
からくも逃亡したヘムネチェルは教団再興を胸に地下へ潜伏、生き残った腹心の信徒らと共に、屈辱と忍耐の日々を余儀なくされた。
そんな折に耳に飛び込んできたのが聖板戦争の噂。願望を叶える聖板の力を使えば、召喚したセルケト女神を受肉できる―――その神の力があれば、教団の再興などは造作もないこと。
新たな希望を胸に、早速十数名の信徒を従え、開催地の日本へと向かうのであった。
しかし部下の信徒達は知らなかった。ヘムネチェルの胸に抱えた復讐の念、それが真実向けられた相手を…。
…だが、実はその姿は偽り。彼の真の意図は下記参照。
目取真は当初、看守を無慈悲に殺害したヘムネチェルと同盟は組めない…と断り戦闘になったが、目取真のサーヴァントが瞬殺された為にやむを得ず降伏、手を組む事になる。この様に脱獄囚人チームは凶悪犯罪者以外にも、冤罪で投獄された善人などが含まれる為に一枚岩ではなく、後々仲間割れで分裂すること必至である。
必要とあらば人命を奪う事も厭わず、教団の資金源とするべく数々の犯罪にも手を染めている点で間違いなく悪人であると言える。しかし本人からすればやむを得ぬ選択であり、他者が起こす無秩序な犯罪や殺生には憤りを見せる事もある。自分は悪人なのに他人の悪徳は許さないタイプ。むしろ善人を好む。
…何故かはわからないが刑務所で出会った目取真を気に入り、教団に勧誘しようとするのだった。
そんな疑問を抱えたまま指導者として過ごしていた彼に、ある日神の託宣が降りる。初めて高次の存在たる神に出会い、そのお告げを受け、喜びに胸がうち震え…はしなかった。これはただの力だ―――彼は失望したのである。あの時我が神が信者を救わなかったのは、より強い神霊…おそらくはキリスト教やイスラム教の神の力を恐れての事。自らの信ずる神に信徒への愛はなく、ただ人々の信仰の力を得たいという欲求だけの存在に彼は思えた。
そんな不敬と不信心を隠さず、自らを神官として不適格としたヘムネチェルは信仰を棄てると神に告げた。この冒涜を許さぬならば今この身を罰しあれ…と。だが女神はこれを許した。自らの信徒として、優れた力を持つ彼が惜しかったのである。
…この不心得ものたる自分を罰する事さえしないのか。信心無き者を、有用だからとて手許より離さぬというのか。ならば、お前という存在は神を冒涜している。神でありながら、神を貶めるものよ。ヘムネチェルは怒り、女神を罵った。さあ、罰せよ。これでも罰せぬのか。笑わせる、神などと二度と名乗るな霊め…。ところが、やがて女神から返ってきた言葉は意外なものだった。
『 汝の身に秘めたる強き憎しみの念はよく解った。母を、父を、信徒達を見殺しにした我を、その手で裁いてみたくはないか。怒りと恨みのまま存分に打ち据え、犯し、辱めてみたくはないか。それを以って汝に対する我が贖罪となそうぞ。』
馬鹿な。そんな事がどうしてできよう。形無き霊たる神を、どうして打てよう。しかし女神は動ぜず、こう続ける。
極東の地で行われる聖板戦争…そこで戦いを勝ち抜き、手に入れた力であれば、神である我に肉を授ける事ができるのだと。まるで体重が上のボクサーが、自分と試合をする為に減量して階級を下げてくれるような話だ。神が、人に贖罪をするなど聞いたことがない…。
だがいいだろう。女神よ、いと貴きものよ。肉を得て地に堕ち、ただの女として生きてみろ。人と肩を並べて俗世の泥に塗れ、天を見上げてみるがいい。そうすれば我々の…いや人の絶望を知る事ができるだろう。それが、俺の復讐だ。そう毒づいたヘムネチェルが我に返ると、いつの間にか女神は消えていた。
『 汝に力を与えよう 』去り際にそう囁かれたのを思い出す。そして、自分に新たな力が授けられたのを知った。
…女神は贖罪などするつもりはあるまい。肉体を得てキリストのように数多の奇跡を振るい、地に再び自分の信仰を拡げようという腹積もりに違いないだろう。他にも一体どれだけの有象無象の神霊や悪霊が、そうした目論見で聖板を狙ってくる事か…。
女神が肉体を得れば、教団も再興して栄華を極める。自分にとっても信徒にとっても、きっとそれが最も幸せな道だろう。
…だがそうはゆくものか。死んでいった者達の無念を、高みから見下ろすだけであった女神を許すものか。その思いをしかと肉に刻みつける為に―――ヘムネチェルは聖板戦争を目指す。